◎ セッションハウスを始める以前は、放送局にお勤めだったそうですが、その頃からダンスに関心をお持ちだったのでしょうか?
ダンスに関心があったというよりも、私の連れ合いの直子がモダンダンスのカンパニーに属していて、私はラジオの録音構成という仕事をしていて、音楽番組にも多少関わっていたこともあって、ダンスのための音楽を選曲したり、オペレーションをやったりしていたことがありました。そういう意味でダンスとは付かず離れずという関係でした。それがダンスと関わりを持つ一つのきっかけでしたね。
矢来町のこの場所は元々住宅地で、親の代からの普通の木造の家があったんですが、父親が亡くなった後、古くなったことだし建て替えようと思った頃に、直子がカンパニーから独立して活動を始めたんです。ところが、独立してみると、なかなか稽古場も発表の場も少ない状態で、いろんな場所を借りて歩くわけですよ。いわばジプシー状態ですね。公共施設であったり、幼稚園であったり、貸しスタジオであったりノノ。そこで、家を作り直すのを機会に、稽古場も作ろうかという話になって、せっかく作るんだったら稽古だけじゃなく公演もできる場所にしようということで、稽古場兼小劇場というような形になりました。
そして、ただ自分たちが稽古をするというだけではなくて、いろんな人、特に若いインディペンデントのアーティストたちが、集って、作ったものを発表できる場所、セッションしあえる場所にしたいという意味合いをこめて、セッションハウスという名前を付けたわけです。

◎ それ以来17年活動を続けてこられ、コンドルズ(注1)、水と油(注2)といったカンパニーやダンサーがこの場所での公演から次第に有名になっていたりもしたわけですが、そうした継続的な活動の成果は少しずつですが、現れているのではないでしょうか?
我々もそんなに意識をしていたわけではないんですが、始めてから5、6年は身体表現を求める人たちというのがそんなに多くなかったような気がします。それが10年くらい前からでしょうか、身体表現をやりたいという人たちが急速に増えてきたという感じがありました。
そうした時に、もちろんダンスをプログラムに入れている劇場は、例えばこの近くだとdie pratzeなど、いくつありますけれど、稽古場機能と劇場機能が連動して常時ダンスに関わるプログラムをやっているのはセッションハウスだということに、結果的にはなったように思います。

◎ 「身体表現を求める人々」には、自分で表現活動を行いたいという方々だけでなく、そうした表現を見に来る観客の方々もいらっしゃるわけで、そういう人々との出会いというものも、セッションハウスの名前に込められた意味に含まれるのではないかと思いますが、お客さんの層などに変化はあるのでしょうか?
セッションハウスのお客さんは、若い人がもちろん多いのですが、結構年配の方もいらっしゃって年齢構成はさまざまです。しかし、いまだに我々の課題なんですが、表現をしたい人は増えているものの、それを見る観客の方は、少しずつ増えてきてはいるとはいえ、まだまだ少ないと思いますね。コンドルズなどは、これまでのダンスファン以外のお客さんもかなり集めていて、そういう点で彼らはすごいなと思いますが、セッションハウスでやっているようなプログラムは残念ながら、まだまだメジャーになっているとは言えませんね。
観客層をどう拡大していくかというのは、常に課題になっていますが、いまだにそれには適切な答えは出ていません。ですから、神楽坂の地域の人々ともっと連携していかなければいけないというのと、コンテンポラリー・ダンスを広めるために、若い人たちや子供たちにもっと見てもらう機会を設けなければいけないということを、遅いといえば遅いのですが、今考え始めています。
例えば、よくセッションハウスにはイスラエルのダンサーが来て、公演をしたりワークショップを行ったりしているので、私もイスラエルに行ってダンスの実情を視察してきたことがありますが、あちらでは舞踊団やダンサー達が子供のための公演を恒常的にやっているんです。本当におチビちゃん達が見に来ていて楽しんでいる。作品は子供向けに作っているけれど、大人が見ても十分に面白い作品で、子供のうちからダンスに慣れ親しむ土壌が育まれている。高校生たちも、学校でダンスを見る時間が年に何回かあって、そうした活動に対して公的な助成が出ていたりするんですね。ですから、イスラエルではバレエよりもコンテンポラリー・ダンスの方が一般的だったりするという傾向があるんです。
では、なぜコンテンポラリー・ダンスが面白いかと聞いてみると、1人1人の主張や手法があって、その違いを見ることが面白いんだと言う。そういう楽しみ方を知っている観客が育っているんですね。そうした環境を見ると、やはり日本ではまだまだ「ダンスをやっている人とその周辺+?」くらいにしか、ダンスが浸透していないという気がしますね。
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