◎ まち飛びフェスタでの書のパフォーマンスや夕刊フジの古代文字の連載記事のせいか、神楽坂では村山さんは「書家」という人が多いのですが。
どうもそのようですけど、私の本職はガラス工芸になるでしょうね。その前には手書友禅をやっていまして。その頃、ガラスの絵付けを頼まれたことがきっかけでガラスの道に進みました。そうしてあれもこれもとやっているうちに、日本伝統工芸展に出品したところ入選することができ、いまでは正会員になることも出来ました。ガラス作品でもどうせなら自分のオリジナルを出したいと思って、手書き友禅をベースにして筒描き手法を使って、いわゆる点描での表現を試みました。染料も特別なものを使ってね。するとすごく透明感のある作品が出来まして。だいぶ時間もかかりましたが、見てもらえれば一目で村山の作品だと解る。そんな作品が出来るようになりました。
◎ 今ちょっと話に出ましたが、最初は友禅、染色の作品をつくられていたそうですね。お生まれは新潟だとか。
ええ、だから田舎者ですよぉ(笑)美術の学校に行くので東京へ来たわけです。でもそこにはほとんどいかずに、京都へ行きました。京都では京都染色試験場へいって友禅や染色を学びました。勉強にはなったのですけど、京都はどうも水が合わなかったので、また東京に舞い戻ってきて、今度はテキスタイルの学校に入って勉強したんです。

◎ どうも経歴をうかがっていると3日ほどかかりそうなので(笑)一足飛びに墨や古代文字との出会いについてお話をうかがいたいのですが。
日中国交20周年の時に国立博物館で展覧会がありましたが、私はそこに展示してあった物に描かれている“なにか”に目が留まったのです。それが文字だとは、最初は解らなかったのですが、ちょうど芸大の先生がこれは甲骨文字とか金文ですよ、と説明してくださいました。またこれらの文字が一文字ごとに物凄い意味を持っていることも知りました。それが私にはとても魅力的でした。古代文字というのは上手に書くということではなくて、自分のものを吐き出して表現するということだと思い、アートとして取り掛り、自分でもなにか表現できればいいなと思ってやる気になったんです。
◎ それが古代文字との出会いだった訳ですね。では普通の書道を学んでいた訳ではない。
そうです。私のことを書道家という方もいらっしゃいますが、それは違いますね。書の世界にはもっと素晴らしい皆さんがいらっしゃいますから、恐れ多い話ですよ。僕はいわば墨アートとでもいったところでしょうか。でも思い起こせば、家の父が書をやっていまして、里芋の葉に集まる露を集めてそれで墨をする、子供の頃にそんな風景を見ていたものですが、今思うと、そんなことが自然に影響しているのかもしれない。原点はそこかもしれませんね。

◎ 中国で出土した歴史的な品。そこに書かれていた文字のどんなところに村山さんは魅かれたのでしょう。
私は染色やガラスをやっていた頃から、図案というものに対して、物凄く興味があったんです。古代文字も同じで、最初は図案のアイデアとして捉えていました。それをガラスの作品に応用したんです。それはとてもシンプルでいい作品になりましたが、その作品を見たお習字の先生が、図案のつもりの文字を読んでくれました。そしてその先生によると文字には必ず意味があるというので、私も古代文字の持つ意味合いにとても興味が涌いて、辞典をひきながら取り掛かるようになったんです。
◎ そんな古代文字を書く時のことですが、例えばいきなり書く人、じっくり考える人と色々なスタイルがあると思いますが、村山さんはどんな風にとりかかるのでしょう。
そうですね、最初は鉛筆や筆などで考えながら文字を書いていき、だいたいの形が決まるとそこから墨に変えて書き始めます。納得できるものを書きたいのはもちろんですが、それには自分がいかに(文字に)入って行くかですね。だから自分の中でどんどんテンションを上げて行くんです。
◎ まさに文字と向き合って行く訳ですね。もう何枚も書いていくのですか?
ええ、納得できるまでどんどんかいていきます。そうするとさらに自分の中に入り込んで行けますからね。一度に80枚くらい書いた時もありますが、ちょっと書くとしても30,40枚書きますね。
◎ それでは、ときに書いている文字に影響されることはないですか?
負けちゃうこともありますよ。文字に(笑)。書きたい文字があるけど難しい、と格闘していることもありますね。もうひとつ重要ことが、いかに空間を活かせるかだと思うんです。私は空間の割合の原点を7:3だと思っています。例えば地球は海が7,陸地が3の割合でしょう。それが人間にとって一番落ち着く割合だと思うのです。だから7を空間にして3くらいを埋めてやる。それが一番落ち着きますね。中には目一杯埋め尽くしてしまう人もいらっしゃいますが、私にはちょっと苦手です。そういえば、アイビー・ヘアもそうですね。だから荒れはすごく真っ当に見えるわけです。あと形でいえば“丸”ですね。これも地球から来ているものだと思っています。

◎ そういった作品は、村山さんにとってどんな存在なのでしょう。
私にとって書いてしまえばそれはすでに“過去”なんです。だからでき上がったものなど見たくないという気持ちの時もありますね。記録もあまり残さないので、周りから散々いわれますが、そういったものは、むしろ“これから”の邪魔になるんです。ガラスの絵付けでも失敗したらすぐ割ってしまいます。でもただ単に新しいもの好き、だけなのかもしれません(笑)だから歩いていてもなにかを探している自分がいます。一種の病気ですねこれは(笑)そんな自分が嫌になることもありますよ。
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