東京山手線の中心に位置する、神楽坂。
戦災で焼け野原となった神楽坂には、京都のような目に見える形での名所旧跡や歴史的街並みが残るわけでも、六本木ヒルズのようなモダンな大規模建築があるわけでもありません。
しかし、江戸時代の切り絵図そのままの街区割りが残るこの街は、坂道の商店街から一歩奥に入れば、花柳界の粋な風情漂う石畳の路地、あるいは縄のれんや銭湯、お豆腐屋さんの横丁が迷路のように入り組み、東京のど真ん中にありながら、まさに奇跡のように、懐かしい「豊かな時間」「豊かな空間」がいまも至るところに息づいています。
その一方で、神楽坂は決して「古き良き町」だけなのではなく、“今”の時代を敏感に感じ取ったレストランやカフェ、ギャラリー、ショップなどが次々生まれ、感度のいい人たちがそうした場所を目指して集まってきます。東京で一番フランス人が多く住むと言われるような国際性の豊かさを包括した街でもあります。
まさに神楽坂は、大都会東京の「ラビリンス」=迷宮。
古いものから新しいものまで、和から洋まで、多様・雑多なものが、この歩いて巡ってちょうど良いスケールの迷路空間に、一見無秩序に、しかし都会的な洗練と上質さ、と同時に人の体温が伝わるよう温かさをもって混在しているのが、神楽坂なのです。
ここを訪れる人は、この迷宮の魅力に捕らえられ、一度迷い込むともっと知りたい、もっと触れたい、もっと馴染みたい・・と、二度、三度と迷宮に誘い込まれます。 迷って迷ってたどり着いた自分だけのお気に入りの路地、1軒のカウンターバー、器の店、ギャラリー…そして、そこで出会った人…。性別、年齢、職業などに関係なく、誰もが必ず自分のお気に入りの場所を見つけられる迷宮、それが神楽坂です。
こうした「洗練された混沌」の魅力の根底にあるのは、神楽坂という街が明治、大正、昭和、そして現在に至るまで延々と育んできた「文化芸術のパワー」です。文化のない街に人を惹きつける本当の魅力は宿りません。
尾崎紅葉や田山花袋、永井荷風、泉鏡花、夏目漱石などが暮らし逍遙した近代文学発祥の地、花柳界の発展とともに芸能が栄えた街、河合玉堂や鏑木清方などの日本画の大家が住み芸術家たちが集い交流した街。大正から昭和の最も栄えた時期には、演芸場や映画館が街のあちこちにあり、落語・講談の「神楽坂演芸場」、洋画の「牛込館」に邦画の「文明館」、大衆芝居の「柳水亭」「牛込亭」などは連日連夜大変な賑わいだったといいます。
こうした神楽坂の姿は「迷宮・神楽坂」の中に、今もしっかりと受け継がれています。
芸者衆の粋な芸をはじめ、長唄、小唄、常磐津、清元、鼓、新内節、箏、三味線など伝統の邦楽は、人間国宝をはじめ多くのお師匠さん、愛好家たちが神楽坂に暮らしています。そして、「矢来能楽堂」の能・狂言公演、「宮城道雄記念館」の箏曲演奏会、毘沙門天書院や居酒屋、カフェなど街のあちこちで日常的に行われる落語会など。 神楽坂伝統の芸能にとどまらず、コンテンポラリーダンスの殿堂「セッションハウス」や「神楽坂ディ・プラッツ」、劇団黒テントの本拠地「theatre iwato」などの劇場。
映画の「ギンレイホール」や、フランス演劇や映画上演、ライブも行う「東京日仏学院」、音楽の「トッパンホール」や「音楽の友ホール」。
そして、数多くのギャラリー。さらに、ライブやコンサート、アート展示などを日常的に行う数々のレストランやカフェ。
伝統芸能から時代の先端を行くアートまで、あらゆる文化芸術、しかも質の高い文化芸術が、まさに「混沌」として混在するのが神楽坂なのです。
神楽坂の街が路地の迷路を迷い巡ることでますます魅力的になるように、ぜひぜひこの神楽坂の文化芸術のラビリンス(迷宮)を巡る楽しみを多くの人に知ってもらいたい。
「kagul’art」はそのラビリンス(迷宮)の入口になりたいと思います。
たとえば、「セッションハウスにはよく来るのだけれど、すぐ近くに矢来能楽堂があるのは知らなかった。それにお能はどうも敷居も高く、なんだか退屈しそう」と思っていた人が、セッションハウスのサイトから入った「kagul’art」で偶然見つけた能公演のレビュー。「もしかして能って面白いのかも。身体表現という意味ではダンスと共通性があるのでは……」と、能公演に興味を示す。
今まで知らなかったアートの世界、芸術の迷宮に、「kagu’lart」の入口から迷い込む面白さ、楽しさ、ワクワク感。
Synapswitch(シナップスイッチ)は、この神楽坂の「迷宮」で繰り広げられる公演・展示等の最新情報やレビューを定期的に提供し、併せてアート関係施設の紹介、神楽坂縁のアーティストのインタビュー記事などを掲載することで、一人でも多くの方々に神楽坂の文化芸術の魅力を知ってもらい、実際に触れ、堪能して欲しいと思っています。
そして、もう1つ、このサイトをハブとしてアーティストやアート関係施設同士の緩やかで自由なネットワークができることで、そこから新しい結びつきや発想・企画が生まれ、神楽坂からこれまで思いつかなかったような文化芸術の発信ができるとしたら、とても嬉しいことだと思っています。







